松下幸市朗先生インタビュー
「ひとり暮らしの小学生/価値語篇」7年間の連載を終えて

 

※インタビューは、2024年2月24日に、中村堂の事務所で開催された「松下幸市朗先生を囲む会」の最後に行いました。
【聞き手】中村堂代表取締役 中村宏隆

中村 今日は、「菊池道場機関誌『白熱する教室』」の第8号から第35号(最終号)まで、7年間にわたって「ひとり暮らしの小学生/価値語篇」を連載していただきました京都芸術大学准教授の松下幸市朗先生が中村堂の事務所にお越しくださいました。遠いところありがとうございます。7年間の連載を終えて、連載の中で考えられたこと、漫画と教育のこと等をテーマに、お話をお聞かせいただきたいと思っています。よろしくお願いします。
「第Ⅰ部」の連載が終わった段階で、「白熱する教室 第21号」にインタビュー記事を掲載しています。松下先生のプロフィールにつきましては、その中でもお聞きしていますが、改めて自己紹介をお願いします。

松下 松下幸市朗と申します。実家は北海道です。漫画家になりたいと思い、漫画家のアシスタントを4年ほど経験し、月刊少年誌で連載作家として漫画になりました。その後、縁がありまして京都芸術大学(当時の名称は「京都造形芸術大学」)の教員になりました。そのため、現在は京都に住んでいます。当時、大学の副学長をされていた本間正人先生の紹介で「ひとり暮らしの小学生/価値語篇」のお仕事をいただきました。

中村 私は、本間先生から松下幸市朗先生をご紹介いただき、すぐに大学に松下先生を訪ね、打ち合わせをさせていただきました。本間先生もご都合をつけて同席くださいました。その段階で、松下先生は、価値語、菊池実践、そして菊池省三先生のことはご存知でしたか?

松下 本間先生からお話をいただいた段階では、私はそれらのことを全然知りませんでした。ですので、お話をいただいてからすぐにいろいろ調べ始めたというところです。

中村 そんな始まりから、「価値語100 ハンドブック」「価値語100 ハンドブック❷」の2冊の本の中に収められている100語ずつの価値語を4コマ漫画にまとめていただき、「白熱する教室」に連載していただきました。その4コマ漫画のストーリーの土台は、それまで松下先生が描かれていた「ひとり暮らしの小学生」という、江の島在住の小学生であるリンちゃんが1人で食堂を経営しているというお話でした。
価値語との出合いと、この「ひとり暮らしの小学生」、その主人公のリンちゃんとの関係について、松下先生はどのように構想されたのでしょうか?

松下 初めに「小学校の教育の現場で生まれた価値語を漫画で表現できないか」と本間先生から言われて、スタートしました。それまで私が描いていた「ひとり暮らしの小学生」は、主人公が小学生でしたので、キャラクターを活かすことができれば、相乗効果が生まれるのではないかと思いました。試しにネーム(下書き)を描いて、中村社長に見ていただき、方向が確認されて連載が始まりました。

中村 元々「ひとり暮らしの小学生」という漫画があって、その中に「リンちゃん」という主人公がいたわけですが、それと価値語の親和性について、松下先生はどのように感じられましたか?

松下 私自身は、すごくやりやすいなあと感じました。価値語自体が学校、教室で生まれたものですから、漫画の中の子どもたちが実際に学校で生活をしているのであれば、価値語に込められた意味は想像しやすいものでしたので、漫画には描きやすかったと思います。

中村 そう言っていただいて少し安心しました。とは言いながらも、いろいろご苦労があったのではないかと推察します。連載していただいた7年間の思い出と言いますか、どのようなお気持ちでこの作品をまとめていただいたか、描く中での先生ご自身の気持ちの変化などがありましたら教えてください。

松下 出来上がっている価値語を使って漫画を描くわけですが、私自身が心がけたことは、そこに物語を入れる、ということです。価値語は変えられないわけですが、独立した意味をもった価値語同士をどのように結びつけて物語にしていくかという点が、本当に苦労したところです。
スタートした段階から全体を一つの物語にしたいという思いがありましたが、まだ全体構想がまとまっていたわけではなく、連載を進めながら作っていく手探り状態でした。その挑戦が面白いと思い、苦労しつつ楽しんでいました。後半になるにつれ、残り少なくなっていく価値語をどのように一つの物語として構成するかについて、身動きが取れなくなるような状態で、難しさに直面しました。
何とか、第Ⅰ部を終えることができ、第Ⅱ部として連載を継続するお話をいただいたときには、第Ⅰ部で苦労した経験を踏まえ、第Ⅱ部の連載開始前の段階で、どこでどの価値語を使うかということを、大まかに配置しておいてからスタートしました。
物語を確定していく段階では、この価値語をどこにはめ込むかというのは、第Ⅰ部と同様に悩んだ部分はありましたが、私としては、第Ⅰ部と第Ⅱ部を比較したときに、物語としては第Ⅱ部の方がうまく構成できたなと思っています。連載させていただいた7年間で、自分自身、成長できたと自負しています。読まれる方々も、その部分を意識して読んでいただき、そのことを感じてもらえたら嬉しいなと思っています。

中村 そうですね。私自身も、第Ⅱ部になってから、松下先生から送られてくるネーム(下書き)を読ませていただくと、ストーリーとしての面白さがどんどんと増してきていることを実感し、その感想を松下先生にお伝えしたことを覚えています。読者の方々にもそのことは伝わったのではないかと思います。その意味で、とてもよい漫画に育ったのではないかと思います。たくさんのご苦労があったとは思いますが、本当にありがとうございました。
第Ⅰ部の連載終了後、全体を1冊の本にまとめました。その結果、「学級文庫に置いています。大人気です」という声が届いたり、この本を課題とした読書感想文コンクールも開催して(コンクールの結果と入選作品は、「白熱する教室 第27号」に掲載)、実際に漫画を読んだ児童から感想を送っていただいたりしました。松下先生にも全応募作品をお読みいただきましたが、児童の感想をどのように受け止められましたか?

松下 漫画を描くというのは1人ぼっちの作業です。本という形になって、それがこのように使われているとか、読んで学んでくれているということを知ることができたことは、とても新鮮な経験をさせていただいたと同時に、とても嬉しく感じました。
その意味でも、この仕事ができたことを本当に感謝していますし、大きな喜びとして自分の中に残りました。

中村 これまで先生が漫画を描く中で向かい合っていた読者とは違う読者と出会うことができたということですね。
もう1点ですが、教育という分野における漫画の役割ということを考えられたのではないかと予想するのですが、「漫画と教育」というテーマについてのお考えをお聞かせください。

松下 漫画のベースにあるのは、エンターテインメントです。極端な言い方をすれば、エンターテインメント性を最大限に発揮している作品であれば、学びがなくても成り立つということが言えます。ただ、教育という場においては、学びがないということはあってはいけないことです。エンタメ重視の視点から、意識的に教育にアプローチをすることによって高い相乗効果をどれだけ生み出すことができるか、というのが現在の私の一つの課題です。これから先にもずっと意識し続けることだろうと思っています。いい意味で私の漫画に変化を与えてくれた今回の作品には感謝しています。

中村 少し話は違いますが、漫画をドラマ化する際の脚本を巡るトラブルが起こり、マスコミやSNSでも大きな話題になりました。
「価値語100 ハンドブック」「価値語100 ハンドブック❷」の2冊、いわば原作本を、「ひとり暮らしの小学生」のキャラクターを通して別の作品に仕上げていただいた訳ですが、原作の中にあった一つ一つの価値語という言葉を大切にしていただきながら、全く新しい価値を創造していただいたのではないかと思っています。
事件になった、漫画をドラマにするということとは違いますが、原作を漫画化するという視点で、新しい提案がされたのではないかとも考えています。

松下 私自身、「価値語100 ハンドブック」を読んでいて思ったことは、それぞれの価値語に対する受け止め方は、読んだ人によってそれぞれ違うのではないかなということです。私自身が受け止めた学びの部分を、どれだけ純度を高めて、自分の漫画という作品に仕上げられるかという挑戦だと考え、その気持ちでずっと取り組んできました。自分の中では、できる限りのことはやったと思っています。
先ほども言いましたが、「価値語100 ハンドブック」よりも「価値語100 ハンドブック❷」の方が、それをうまくできたという気持ちがあります。この連載を通して、私自身が大いに学ばせていただきましたし、成長させていただきました。
読者の方が、この作品を読んでいろいろ学んでいただくことができたとすれば、最高に嬉しいことです。

中村 「白熱する教室」という菊池道場の機関誌の中で漫画を7年間連載していただけたということ自体、非常に大きな意味があると思っています。松下先生をご紹介いただいた本間先生に感謝しています。
「価値語100 ハンドブック❷」に掲載されている100個の価値語をベースにした作品を第22号から第35号に連載していただきましたが、こちらも第Ⅰ部の時と同様、1冊の本にまとめたいと思っています。
読者の先生方には、これを機会に、「こんなことを漫画でやったら価値があるのではないか。面白いのではないか」というような提案をしていただいて、松下先生にまた新しい価値を創造していただけたらと思っています。

松下 私自身、新しいことに積極的にアプローチしていきたいと思っています。
小学校では今年の4月から新しい教科書が使用されます。その中の教育出版版の4年の道徳の教科書に、私の描いた漫画が掲載されることになりました。漫画を使って分かりやすく小学生の子どもたちにいろいろな価値を伝えることができないかと試行錯誤しています。
伝える前提として考えていることが二つあります。一つめは、伝えたいと思っている何かが、きちんとしたものであるかどうかということ。二つめは、それをどのように活用するかということです。この二つについて、今、いろいろ考えながら答えを探している最中です。先生方と共に、「漫画でこんな学びがあるんじゃないか」ということを考えたいと思っています。場合によっては先生方に向けた漫画という形もあるかもしれません。そんな点について、いろいろアドバイスをいただけたら嬉しいですね。

中村 2024年度の春から小学校で使われる教育出版版4年道徳の教科書に、松下先生の作品が掲載されるということですが、松下先生は、そうしたことも含めて、漫画で教育をよりよいものにしていこうとの志をもって仕事を進められています。
私自身、この7年間の松下先生の連載を通して、先生ご自身の熱い思いを直に感じていました。「ひとり暮らしの小学生/価値語篇」はこれで完結しましたが、これからも松下先生にはお力をお借りして、教育の場に漫画をどのように広めていくことができるかを考えていきたいと思っています。読者の皆様には、新しい形の漫画をお届けしていくことをお約束して、終わりにいたします。松下先生、ありがとうございました。

松下 ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

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