ちょっと時間が経ってしまいましたが、忙しい日々を過ごしていたある春の日のことを書きます。
ビジネスパートナーでもある妻が、「あなたがふだん言っていることと似ていることが書かれているよ」と言って、新潮社発行の小説誌「小説新潮」の3月号を持ってきました。
「眩(くらら)」というタイトルの直木賞作家である朝井まかて氏の作品です。
引用が多くなって恐縮ですが、書き出します。
親父(葛飾北斎)と弟子の弥助、娘のお栄の会話です。
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「か、描き直させてもらえやせんか。お頼み申します」
縋るような声だ。が、親父どのはすっぱりと首を横に振る。
「それはならねえ。明日、納める」
「け、けど。こんな物を納めたら、親爺どのの名折れになりやす」
「それはお前が頓着することじゃねえ」
「に、日本の北斎が台無しだ」
と、親父どのが肩を持ち上げ、「弥助」と厳しい声を出した。
「なら、お前ぇはどれだけの日数があればできる。あと三日ありゃあ出来るのか、それとも三十日か、三年かけたらきっと出来ると思うか」
だんだん声が大きくなって、弥助も他の者も一様にうなだれる。
「いいか、俺たちゃ遊びじゃねぇんだぞ。これが稼業だ。限りある時でいかに描くか……その肚が括れねぇんなら素人に戻れ。その方がよっぽど気楽だ」
そして親父どのは皆を見回し、お栄にも顔を向けた。
「だが、たとえ三流の玄人でも、一流の素人に勝る。なぜだかわかるか。こうして恥をしのぶからだ。己が満足できねぇもんでも歯ぁ喰いしばって世間の目に晒す。やっちまったもんをつべこべ悔いる間があったら、次の仕事にとっとと掛かりやがれ」
お栄は己がごくりと咽喉を鳴らしたのが聞こえた。
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年明けから7月15日発行の2点を含め、9冊の新刊を発行いたしました。内5冊は3月から4月初めに発行しました。
一つひとつの本がすべての点において納得できているかと問われると、必ずしも堂々と胸を張れるところまではいっていません。ある意味「歯ぁ喰いしばって世間の目に晒」している部分もあります。
その積み上げにしか、自身の成長も進歩もないだろうと思っているからです。